2017年7月14日金曜日

人生のベクトル


長く仕事をしてきて、 あの頃に戻りたいというような事を話す人が多かった。

それは大抵の場合、今現在に大きな悩みを抱えている人々だった。

不平や不満、悩みの大元は 過去にある。
だから、その出来事や選択した時点より前に戻って、
別の選択をしたいという願望のようなものだ。
それが可能ならば、別の道を歩み、不平不満には至らない現在を過ごせているはずだという事だろう。

だが、実際に、過去に戻る術は無いわけだ。
時は過ぎてゆく。
未来に向かっている。
こと人生に限っていえば、逆流は不可能なのである。

私は思う。

過去に戻りたいという思考を持っている限り、もしも戻れたとしても、
別の選択は出来ないのではないかという事だ。
結局のところ、当時と大差ない選択をして、大差ない道を進み、
やがて同じような悩みを抱えることになるのではないだろうか。

人生のベクトルは前方に向かっている。
過去の様々な悔恨の記憶は、自分自身の中で消化して先へ進む糧とするしかないのである。

糧と出来るかどうかが人間の成熟度という事なのではないだろうか。

年齢を重ねるだけでは、人は成熟しない。
肉体は衰えに向かうが、それは真に成熟したという事ではないのだ。

心、つまり精神の成熟がなければ、悔恨や失敗の経験を糧とする事は出来ないのである。

精神が相応しく成熟しているならば、あの頃に戻りたいという願望は生まれないではあるまいか。

それは、失敗や過ち、そういった経験の様々に対して、自分自身がどう受け留め、乗り越えて来たかという事に尽きる。

 躓いた時の応援歌で 中島みゆきさんの 時代という歌がある。
この歌を嫌いな人は少ないだろう。

そんな時代もあったねと
いつか話せる日が来るわ
あんな時代もあったねと
きっと笑って話せるわ
だから今日はくよくよしないで
今日の風に吹かれましょう
まわるまわるよ 時代はまわる
喜び悲しみ繰り返し
今日は別れた恋人たちも
生まれ変わって めぐりあうよ


あんな時代もあったねと笑って話せる日が来る。
この部分に励まされる人は多いであろう。

だが、くよくよせずに今日の風に吹かれているだけでは駄目なのだ。

くよくよしないために何をしたか、どう乗り越えたかが問題だ。
それは自分自身で立ち向かう以外に方法は無い。
どのような方法であったとしても、自力で乗り越えるからこそ、
今日の風に吹かれる心境になるのだ。

人生のベクトルを前方に向ける。
困難に対して誠実に丁寧に対応する。

これを継続して行く先で、過ぎ去った時代を笑って話せるような老いの楽しみが待っているに違いないのである。



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