ゆっくりとしたペースで、文通を楽しんでいる。
見知らぬ土地に住む、見知らぬ方々が、それぞれの環境の中で暮らしている。
辛いことや悲しい事も勿論あって、そうした波を越えながら、身の丈にあった小さな楽しみを探しながら暮らしている。
子育てが終わって、夫婦だけになってしまったら、何を話して良いものやら、急に会話が見付からなくなってしまったり、一人暮しの方は、一人なりに寂しさを感じながらも、迷いまよい生きている様子が綴られている。
何の為に生きているのだろうと、ふと立ち止まって考える時に、何でもないような日常を手紙に書いて、そんな交流の中で糸が繋がってゆく。
人の繋がりというものは不思議で、会わずとも親しさを積み重ねる事が出来るのだと知った。
この空の下で暮らす人々には、ひとつとして同じ暮らしは無い。
生まれも育ちも何もかもが違っていても、季節の移ろいを感じたり、忙しなく夕げの準備をしたり、そうした当たり前の日常には、共通する事がたくさんあるのだ。
言葉を丁寧に読むと、人柄までもが想い浮かんできて、会わない方々だからこそ、書ける事があるような気さえして来るから不思議だ。
お宅の庭に、曼珠沙華が咲きだしたから、次の手紙にはその写真を同封して下さると、嬉しい言葉で結ばれていた。
お若い方は、何か作っても、思い描いていた物とは違う物が出来てしまって、不器用さは直らないものかと書かれていて笑った。
暮らしの中のささやかなことでも、言葉に現されると実に愉しい。
今頃、どの方々も台風の進路を気にかけながら、明日を暮らすための食事を準備しているに違いない。
ご夫婦二人の食卓には、どんなお菜が並ぶのだろう。
一人暮しの方は、何を思いながら食べるのだろう。
文友達に思いを馳せている。
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