2017年10月14日土曜日

秘色 ひそく


随分長い間、丸巻きのまま保管していた理由は、向かい鶴紋の柄行を、いつ着ようかと思いあぐねていたからだ。

丸巻きとは、つまり反物の事だ。

地色は 秘色で、抑えた水色に鼠がかかったような渋さで、向かい鶴紋は南部古代型染で、染め師の名入りの上物だ。

眠らせておいても仕方が無いと、今日、サクッとハサミを入れて裁った。

色あせてしまう前に、仕立てて着ることにしたのである。

洋裁と違って、和裁の場合は裁っても細かいハギレが出ない。

あくまでも直線裁ちが基本だから、用尺を考えながら生地を折りたたんで行く。

そうして、必要な箇所だけにハサミを入れて、後の作業を始めるまで、畳んだまま置いておけるのである。

型紙も要らない。

70を超えた和裁士のIさんには、別の仕事をお願いしてるところで、それに「もう年なんだから、いつまでも頼れないよ」と言われてしまった。

自分の物をお願いするのも申し訳なく、それで和裁を始めた。

やりかけの事が他にもあるのだけれど、どうも気分が乗らないものだから、先にこっちをやってしまおうという訳だ。

乗らない気分でやることは、大抵失敗してしまう。

どれもこれも、頼まれ物ではないから、期限が無いところが気楽で良い。

それにしても、この秘色のなんと味わい深い事だろう。

草木染だから、化学染料は使われていないのである。

自然の中から生み出された色で、良い塩梅に染め上がっているうえに、整然と並んだ型染も美しい。

生地は正絹の紬で、しゃきっと張りがあり軽い。

糸を先に染めて柄を織り出すのではなく、生糸のまま白生地に織られ、後から型染されているので、これを紬の後染めと言う。

いつ仕立て上がるかは分らないが、こういう作業が秘かな楽しみなのである。


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