春夏生地の第一弾入荷しました〜
イタリアのピケとか、艶感があるコットンサテンとか色々。
ボチボチ製作していくつもり。
2015年2月28日土曜日
むーめーじん9
朝の散歩でまるい公園まで来たら…
「ほいほい、散歩か?」 と話しかけてくれたオジサン。って言ってもアタシより若いかな。
「家は最初に雑種でしょ、次にトイプードルでしょ、今はラブラドールと雑種のまじった7才のが居るの。犬が居なかった事はないんだけどさ、今のやつは抜け毛がすごくて家中毛だらけよ。カミサンが掃除するのが嫌だって怒ってるのよ。 だからさ、俺の髪は抜けそうも無いから我慢しろって言ってやったの。ね?抜けてないでしょ?仕事はね、スパイ!秘密の指令毎日こなしてんだよ。後頭部の写真撮ってもいいよ〜。」
土日もお仕事だそうでご苦労様です。
朝からワハハと上機嫌な愉快な方でした。
確かに禿げそうもないタイプだよね。
「ほいほい、散歩か?」 と話しかけてくれたオジサン。って言ってもアタシより若いかな。
「家は最初に雑種でしょ、次にトイプードルでしょ、今はラブラドールと雑種のまじった7才のが居るの。犬が居なかった事はないんだけどさ、今のやつは抜け毛がすごくて家中毛だらけよ。カミサンが掃除するのが嫌だって怒ってるのよ。 だからさ、俺の髪は抜けそうも無いから我慢しろって言ってやったの。ね?抜けてないでしょ?仕事はね、スパイ!秘密の指令毎日こなしてんだよ。後頭部の写真撮ってもいいよ〜。」
土日もお仕事だそうでご苦労様です。
朝からワハハと上機嫌な愉快な方でした。
確かに禿げそうもないタイプだよね。
青山さんの思い出
青山さんは、アタシが小学1年生になったばかりの春に、住んでいたアパートの一番奥の角部屋に引っ越して来ました。その部屋には、同じ歳で一緒に幼稚園に通った幼馴染みのJちゃん家族が住んでいて、アタシはJちゃんが引っ越した後にも同じくらいの女の子が住むようになれば良いなぁと思っていましたが、青山さんは結婚したばかりの新婚さんで、まだ子供はいなかったんです。
旦那さまがどんな人だったのかは全く記憶にないけれど、奥さんは色白で髪を短くしていて、いつも眼鏡をかけたスラッと背の高い人でした。
顔を会わせるとにこやかに話しかけてくれて、アタシが2年生になる頃には、部屋に入れてくれて綺麗な花柄のカップで紅茶をごちそうになったり、クリームシチューに使うホワイトソースの作り方を教えてくれたりしました。
その頃のアタシは、学校から帰ると、子供用の割烹着みたいなのを着て、お使いにも行ったし、台所で手伝いもしたし、毎週火曜日には、名店センター(東横のれん街みたいな)のビルの3階にあった手芸用品のお店に通い、おばあさんや母親くらいの人達に混じって編み物を習ったりもしていました。
何を作るか決めるのは母で、材料の毛糸などを買うと母は帰って行き、アタシは教えられた通りに次々と作品を仕上げて行きました。 そんなある日、母は言いました。「青山さんのうちに赤ちゃんが生まれるんだって。」と。 青山さんのお腹はどんどん大きくなって、暫く姿を見かけなくなった後に、小さな小さな赤ちゃんを抱っこして帰って来ました。赤ちゃんは女の子で菊子ちゃんという名前でした。 そして、パーマ屋さんに行く数時間、家で菊子ちゃんを預かる事になったんです。 菊子ちゃんは泣き声ひとつあげずに眠っていました。
家には、とにかく泣いて泣いて泣きまくる妹(タコヤキさ)が居たので、泣かない赤ちゃんを不思議に思いました。母も少し心配そうな様子でした。
その夜の事です。アパートに救急車が来ました。アタシは翌日になって初めて、昼間スヤスヤ眠っていた菊子ちゃんが死んでしまった事を聞かされたのです。 菊子ちゃんは、生まれながらに脳に障害があったそうです。 アタシは本物の赤ちゃんと同じ大きさのケメコという赤ちゃん人形を大切に育てていたから、菊子ちゃんが死んでしまった事にショックを受けました。だって、もしもアタシのケメコが居なくなったらと考えるだけで涙がこぼれるくらいだったから。
青山さんを見かける機会が少くなりました。冬が近づいて来たある日、本当に久しぶりに青山さんが声をかけて来ました。「おばちゃんね、毛糸の長いマフラーが欲しいの。真っ白の毛糸で編んでくれる?ね?お母さんにも頼んでおくからお願いね。」
アタシは何度もうなずきました。
それは本当の注文で、母は毛糸の代金を預かったからと言って、一緒に名店センターに行きました。アタシはちょうど、タコヤキちゃんのクリーム色のマフラーを仕上げたばかりで、青山さんのは同じ編み方でもっと長くして、両端はポンポンじゃなくてフリンジにする事になりました。 何日かかったのかは覚えていないのですが、真っ白で長いマフラーが出来上がりました。 「自分で青山さんに届けてきなさいね。」と言われ、アタシはきれいにたたんだマフラーを毛糸が入っていたビニール袋に入れて、青山さんのドアをトントンと叩きました。
青山さんはとても喜んで、以前みたいに笑顔になって、それからアタシの割烹着のポケットに500円札を入れてくれたんです。
母に渡したら、「お駄賃なんだから、それで好きな色の毛糸を買いなさいよ。」と言いました。(後日真っ赤な毛糸を買いました)
冬の間に見かけた青山さんは、いつもアタシが編んだ白いマフラーを巻いていましたが、3年生になる春に、15分くらい離れた別のアパートに引っ越して行きました。
それからずいぶん経って、駅の近くで青山さんとバッタリ会ったんです。
青山さんは大きな乳母車を押していました。
双子の女の子が生まれたそうです。
そして幸せそうでした。
青山さんのマフラーが、お駄賃をいただいて作った初めての物で、それから市販のルーではなくてホワイトソース使ったグラタンやシチューを覚えて、青山さんは色白だったし、預かった菊子ちゃんは白いベビードレスを着ていて、季節は冬。
白い思い出です。
青山さんはきっとお元気でしょう。双子ちゃんは40代かな。
みんな菊子ちゃんの事も覚えているはずだと思います。
※お駄賃で買った赤い毛糸は、同じのをなん玉か買い足してもらって、金色のボタンが付いた自分のベストを編みました。
旦那さまがどんな人だったのかは全く記憶にないけれど、奥さんは色白で髪を短くしていて、いつも眼鏡をかけたスラッと背の高い人でした。
顔を会わせるとにこやかに話しかけてくれて、アタシが2年生になる頃には、部屋に入れてくれて綺麗な花柄のカップで紅茶をごちそうになったり、クリームシチューに使うホワイトソースの作り方を教えてくれたりしました。
その頃のアタシは、学校から帰ると、子供用の割烹着みたいなのを着て、お使いにも行ったし、台所で手伝いもしたし、毎週火曜日には、名店センター(東横のれん街みたいな)のビルの3階にあった手芸用品のお店に通い、おばあさんや母親くらいの人達に混じって編み物を習ったりもしていました。
何を作るか決めるのは母で、材料の毛糸などを買うと母は帰って行き、アタシは教えられた通りに次々と作品を仕上げて行きました。 そんなある日、母は言いました。「青山さんのうちに赤ちゃんが生まれるんだって。」と。 青山さんのお腹はどんどん大きくなって、暫く姿を見かけなくなった後に、小さな小さな赤ちゃんを抱っこして帰って来ました。赤ちゃんは女の子で菊子ちゃんという名前でした。 そして、パーマ屋さんに行く数時間、家で菊子ちゃんを預かる事になったんです。 菊子ちゃんは泣き声ひとつあげずに眠っていました。
家には、とにかく泣いて泣いて泣きまくる妹(タコヤキさ)が居たので、泣かない赤ちゃんを不思議に思いました。母も少し心配そうな様子でした。
その夜の事です。アパートに救急車が来ました。アタシは翌日になって初めて、昼間スヤスヤ眠っていた菊子ちゃんが死んでしまった事を聞かされたのです。 菊子ちゃんは、生まれながらに脳に障害があったそうです。 アタシは本物の赤ちゃんと同じ大きさのケメコという赤ちゃん人形を大切に育てていたから、菊子ちゃんが死んでしまった事にショックを受けました。だって、もしもアタシのケメコが居なくなったらと考えるだけで涙がこぼれるくらいだったから。
青山さんを見かける機会が少くなりました。冬が近づいて来たある日、本当に久しぶりに青山さんが声をかけて来ました。「おばちゃんね、毛糸の長いマフラーが欲しいの。真っ白の毛糸で編んでくれる?ね?お母さんにも頼んでおくからお願いね。」
アタシは何度もうなずきました。
それは本当の注文で、母は毛糸の代金を預かったからと言って、一緒に名店センターに行きました。アタシはちょうど、タコヤキちゃんのクリーム色のマフラーを仕上げたばかりで、青山さんのは同じ編み方でもっと長くして、両端はポンポンじゃなくてフリンジにする事になりました。 何日かかったのかは覚えていないのですが、真っ白で長いマフラーが出来上がりました。 「自分で青山さんに届けてきなさいね。」と言われ、アタシはきれいにたたんだマフラーを毛糸が入っていたビニール袋に入れて、青山さんのドアをトントンと叩きました。
青山さんはとても喜んで、以前みたいに笑顔になって、それからアタシの割烹着のポケットに500円札を入れてくれたんです。
母に渡したら、「お駄賃なんだから、それで好きな色の毛糸を買いなさいよ。」と言いました。(後日真っ赤な毛糸を買いました)
冬の間に見かけた青山さんは、いつもアタシが編んだ白いマフラーを巻いていましたが、3年生になる春に、15分くらい離れた別のアパートに引っ越して行きました。
それからずいぶん経って、駅の近くで青山さんとバッタリ会ったんです。
青山さんは大きな乳母車を押していました。
双子の女の子が生まれたそうです。
そして幸せそうでした。
青山さんのマフラーが、お駄賃をいただいて作った初めての物で、それから市販のルーではなくてホワイトソース使ったグラタンやシチューを覚えて、青山さんは色白だったし、預かった菊子ちゃんは白いベビードレスを着ていて、季節は冬。
白い思い出です。
青山さんはきっとお元気でしょう。双子ちゃんは40代かな。
みんな菊子ちゃんの事も覚えているはずだと思います。
※お駄賃で買った赤い毛糸は、同じのをなん玉か買い足してもらって、金色のボタンが付いた自分のベストを編みました。
2015年2月27日金曜日
春の味
薄切りロースで長ねぎとゴボウ、人参をクルクル巻いて甘辛煮。
今夜は春の味を1品追加で、菜の花のマヨゴマ味噌和え。
菜の花は辛子酢味噌が好きなんだけれど、酢を買い忘れちゃった。 八百屋のおばちゃんは、ナムルにすると美味しくて保存がきくって言ってたよ。次回挑戦しましょうね。
今夜は春の味を1品追加で、菜の花のマヨゴマ味噌和え。
菜の花は辛子酢味噌が好きなんだけれど、酢を買い忘れちゃった。 八百屋のおばちゃんは、ナムルにすると美味しくて保存がきくって言ってたよ。次回挑戦しましょうね。
安易に買わないもん
先月だったか、吊り下げタイプの虫除けに効果がみられないって言うような事を、消費者庁が発表したニュースを見たら、今度は冷暖房効果をうたった窓に貼るフィルムも怪しいらしいね。
テレビのCM見たら、大抵の人は信じて買ってしまうと思う。
化粧品はじめ、怖いよね。アタシは安易に買わないもん。物が溢れて新製品だらけの世の中。疑り深いくらいがちょうど良いって気がする。
テレビのCM見たら、大抵の人は信じて買ってしまうと思う。
化粧品はじめ、怖いよね。アタシは安易に買わないもん。物が溢れて新製品だらけの世の中。疑り深いくらいがちょうど良いって気がする。
今期はオープントゥ
今期はエレガント派にはバックベルトのオープントゥ、カジュアル派にはマルチカラーのメンズライクな靴が流行のきざしなんだって。
爪先の開き具合が少な目の方が失敗しないよ。前滑りしてかかとが合わなくなるとカッコ悪いからね。
ハーフサイズ小さめ選ぶのがコツ。
ミュールカタカタ流行った頃が懐かしいよね。
爪先の開き具合が少な目の方が失敗しないよ。前滑りしてかかとが合わなくなるとカッコ悪いからね。
ハーフサイズ小さめ選ぶのがコツ。
ミュールカタカタ流行った頃が懐かしいよね。
むーめーじん8
朝散歩で、電信柱の臭いを嗅ぐパズーを見ていたら、後ろから
チュッチュッっと口を鳴らす人が。
「かわいいっすねー。犬大好きなんすよ。嫁さんもらえそうもないんで、キャバリエ飼いだしたんっすけど、留守番長いんで3匹になっちゃったんすよ。家で勝手に遊んでます。仕事っすか?看板屋っす、ここの。わりと面白いんすけど、汚れるんで参りますよね。ファッションっすか?楽なのが一番なんでなーんも考えてないっす。散髪行く時間も無いんで伸びちゃったんすよね、頭。面倒なんで帽子被ってるだけなんすよ。犬かわいいっすね〜」
松濤にMUTSUMIYAって看板製作の会社があって、今新社屋建設中。数分の所に仮社屋があって、そこの従業員さんでした。缶コーヒー買ってたよ。
嫁さんもらえそうもないんでって、ちょっと切ない発言だよね。
毎日ペンキにまみれて働いてるのにさ。
とても優しげな青年でした。
お嫁さん、きっと来るよね。
※むーめーじんシリーズ好評です。若い女性が一番警戒心が強くて話す機会が少ないね。 偶然を楽しみに、アタシからは話しかけない事にしています。
チュッチュッっと口を鳴らす人が。
「かわいいっすねー。犬大好きなんすよ。嫁さんもらえそうもないんで、キャバリエ飼いだしたんっすけど、留守番長いんで3匹になっちゃったんすよ。家で勝手に遊んでます。仕事っすか?看板屋っす、ここの。わりと面白いんすけど、汚れるんで参りますよね。ファッションっすか?楽なのが一番なんでなーんも考えてないっす。散髪行く時間も無いんで伸びちゃったんすよね、頭。面倒なんで帽子被ってるだけなんすよ。犬かわいいっすね〜」
松濤にMUTSUMIYAって看板製作の会社があって、今新社屋建設中。数分の所に仮社屋があって、そこの従業員さんでした。缶コーヒー買ってたよ。
嫁さんもらえそうもないんでって、ちょっと切ない発言だよね。
毎日ペンキにまみれて働いてるのにさ。
とても優しげな青年でした。
お嫁さん、きっと来るよね。
※むーめーじんシリーズ好評です。若い女性が一番警戒心が強くて話す機会が少ないね。 偶然を楽しみに、アタシからは話しかけない事にしています。
2015年2月26日木曜日
煮込みハンバーグ
市販の冷凍ハンバーグで煮込みハンバーグを作ってるところ。
違う種類なんだけど、煮込んじゃえば判らないし。
今日はずっと雨で、傘を片手に短距離散歩だったから、お総菜屋さんに立ち寄れなかったのです。
こうして一雨ごとに春が近づいて来るんだっけ?
生温くて気温差が激しい春は苦手なんだよね、アタシ。
長期予報では、今年は夏らしい夏になるんだってさ。夏らしい夏ってどんな夏なんだろう。
違う種類なんだけど、煮込んじゃえば判らないし。
今日はずっと雨で、傘を片手に短距離散歩だったから、お総菜屋さんに立ち寄れなかったのです。
こうして一雨ごとに春が近づいて来るんだっけ?
生温くて気温差が激しい春は苦手なんだよね、アタシ。
長期予報では、今年は夏らしい夏になるんだってさ。夏らしい夏ってどんな夏なんだろう。
新しい洗剤2本と110円
2001年製の洗濯機を玄関まで移動しました。
ぎっくり腰にならぬよう、最新の注意を払いながら。
大きい姉さんがひとまずつくばを引き払って、最低限の荷物で出戻ってくるにあたり、新しい方の洗濯機を使う事になったからです。
約1時間の格闘の末、洗濯機の裏側から、パンツ1枚出て来ました。
そして、よく頑張って移動したね(^_^) とでも言うように、新しい洗剤2本と110円が見つかりました。
家電引き取りは5千円くらいなんだけど、10階から1階まで自分で運べば追加料金無しなんだって。
どうしようかなぁ。1階まで下ろすかなぁ。やれば出来る気がするけど、やらない方が身のためかもしれないね。
ぎっくり腰にならぬよう、最新の注意を払いながら。
大きい姉さんがひとまずつくばを引き払って、最低限の荷物で出戻ってくるにあたり、新しい方の洗濯機を使う事になったからです。
約1時間の格闘の末、洗濯機の裏側から、パンツ1枚出て来ました。
そして、よく頑張って移動したね(^_^) とでも言うように、新しい洗剤2本と110円が見つかりました。
家電引き取りは5千円くらいなんだけど、10階から1階まで自分で運べば追加料金無しなんだって。
どうしようかなぁ。1階まで下ろすかなぁ。やれば出来る気がするけど、やらない方が身のためかもしれないね。
2015年2月25日水曜日
梅酢ドリンク
グレコ(グレープフルーツジュースをコーラで割った)を卒業してから、ポカリにハマっていましたが、アタシは自販機にガタンと落ちてきたボトルを取るのがすごく下手くそで、手がアザだらけ。
そこで、自販機で飲み物を買うのをやめました。
家には梅干しを漬ける時にとれる白梅酢も赤梅酢も山ほど貯まっているので、早速梅酢ドリンクを作りました。
白梅酢500ミリリットルに沸騰させたお湯を1リットル。そこに日向ミカンの絞り汁1個分と適当な量のきび砂糖、シソジュース少々を入れて混ぜまぜ。 熱いうちに飲んでみたら\(◎o◎)/オイシイ!! 今、冷蔵庫で冷却中。
とにかく\(◎o◎)/オイシイ!!
そこで、自販機で飲み物を買うのをやめました。
家には梅干しを漬ける時にとれる白梅酢も赤梅酢も山ほど貯まっているので、早速梅酢ドリンクを作りました。
白梅酢500ミリリットルに沸騰させたお湯を1リットル。そこに日向ミカンの絞り汁1個分と適当な量のきび砂糖、シソジュース少々を入れて混ぜまぜ。 熱いうちに飲んでみたら\(◎o◎)/オイシイ!! 今、冷蔵庫で冷却中。
とにかく\(◎o◎)/オイシイ!!
柘植ツゲ
松濤美術館の前の通りは、柘植の植栽がしてあります。葉っぱは丸いけど堅そうで、優しげな感じはしないんだけれど、今の季節になると小さな小さな蕾がついて、来月頃には花が咲くんだよ。
柘植は将棋の駒なんかに使われるけれど、女性に馴染みが深いのは櫛だよね。
中学の修学旅行で京都に行った時、アタシは自分のお土産に柘植の櫛を買いました。
髪をとかしたり、椿油を使うと艶が出るって聞いて、真新しい柘植櫛が飴色になるまで使おうと思いました…が、歯が折れちゃった。 後で聞いたところによると、櫛は 苦死を連想させ、折れるから、プレゼントには贈っちゃいけないと知りました。
もう10年以上ショートヘアなので、櫛は仕事以外では使わないけど、鏡台に向かって長い髪をとく姿は色気があるよね。
※大きい姉さんが、腰まである長い髪を櫛でといてたけど、色気は感じなかったです(~_~;)
柘植は将棋の駒なんかに使われるけれど、女性に馴染みが深いのは櫛だよね。
中学の修学旅行で京都に行った時、アタシは自分のお土産に柘植の櫛を買いました。
髪をとかしたり、椿油を使うと艶が出るって聞いて、真新しい柘植櫛が飴色になるまで使おうと思いました…が、歯が折れちゃった。 後で聞いたところによると、櫛は 苦死を連想させ、折れるから、プレゼントには贈っちゃいけないと知りました。
もう10年以上ショートヘアなので、櫛は仕事以外では使わないけど、鏡台に向かって長い髪をとく姿は色気があるよね。
※大きい姉さんが、腰まである長い髪を櫛でといてたけど、色気は感じなかったです(~_~;)
口コミ
もうすぐ誕生日で、桜が大好きなYさんに、ちょこっとしたお菓子でも贈ろうかと探してます。
何でもネットで注文できるからね。
だけど、書いてある口コミとかレビューってどうなんだろう。
書き込み件数が多いっていうだけで美味しいとも限らないよね。 ネット通販は利用してるけれど、レビュー書けレビュー書けってメールしつこいんだよね。
今日は受診日だったので(抑うつ改善見られず服薬続行)ヒカリエまで行こうかな…と思ったんだけどやめました。 以前だったら考えるまでもなく行けたんだけど、すごく遠く感じて、人混み想像すると帰りたくなるんです。 困ったね。
何でもネットで注文できるからね。
だけど、書いてある口コミとかレビューってどうなんだろう。
書き込み件数が多いっていうだけで美味しいとも限らないよね。 ネット通販は利用してるけれど、レビュー書けレビュー書けってメールしつこいんだよね。
今日は受診日だったので(抑うつ改善見られず服薬続行)ヒカリエまで行こうかな…と思ったんだけどやめました。 以前だったら考えるまでもなく行けたんだけど、すごく遠く感じて、人混み想像すると帰りたくなるんです。 困ったね。
約束
近所に、昨年春頃から老犬の介護をしているアタシより何歳か年輩の女性がいて、本当にゆっくりゆっくり散歩をしたり、真夏には、日陰の下にタオルを敷いて外気を吸わせたりしていたんだけれど、年末頃から姿を見かけなくなってしまったので、アタシは、あのワンちゃんは亡くなってしまったのだなと思っていました。
ところが昨日、画像のようなワンちゃんを寝かせたまま移動出来るカートを押して、やはりゆっくりゆっくりお散歩する姿を見かけて会釈しました。
女性は髪を短くされていて、一回り痩せてしまっていたので、最初は別人かと思いました。
もう一人、12歳のミニチュアプードルを飼っている女性がいます。早朝に散歩をしてから仕事に行き、帰って来てから夜のお散歩。時々言葉を交わすのですが、いつ何があってもおかしくない歳だから覚悟してるのよと話していました。
少し疲れた様子に見えます。
パズーは今年8才になり、シニア犬の仲間入り。人間なら40代後半。
先輩飼い主さんの姿を見るたびに、いつか訪れるパズーの老化や介護の事を想像してしまいます。
アタシにやり遂げられるか不安だし、そもそも、アタシも還暦近い歳になっているはずだから。
アタシが仕事場を自宅に移したのはパズーを留守番させないためです。 仕事の効率も収入も激減したけれど、アタシに出来る事は、とにかく側に居る事とくらいしかないから。
一人でのんびりしたいし、落ち着いて食事をしたり、たまには小さい姉さんにも会いに行きたいけどね。片時も側を離れないバズーを鬱陶しく感じることも度々あるんです。
それは、長期化している抑うつ状態の原因でもあります。
だけどアタシはバズーと約束しているんです。 余程の用事がない限り側に居るって約束。バズーはアタシを信じていると感じています。だから約束を守ります。 美味しい手作りご飯と、マメな健康チェック。
バズーは真っ直ぐにアタシを見ます。だから、時々 信じてるって言葉を掛けます。
約束は守らなければ。バズーより長生きしなければいけないね。
ところが昨日、画像のようなワンちゃんを寝かせたまま移動出来るカートを押して、やはりゆっくりゆっくりお散歩する姿を見かけて会釈しました。
女性は髪を短くされていて、一回り痩せてしまっていたので、最初は別人かと思いました。
もう一人、12歳のミニチュアプードルを飼っている女性がいます。早朝に散歩をしてから仕事に行き、帰って来てから夜のお散歩。時々言葉を交わすのですが、いつ何があってもおかしくない歳だから覚悟してるのよと話していました。
少し疲れた様子に見えます。
パズーは今年8才になり、シニア犬の仲間入り。人間なら40代後半。
先輩飼い主さんの姿を見るたびに、いつか訪れるパズーの老化や介護の事を想像してしまいます。
アタシにやり遂げられるか不安だし、そもそも、アタシも還暦近い歳になっているはずだから。
アタシが仕事場を自宅に移したのはパズーを留守番させないためです。 仕事の効率も収入も激減したけれど、アタシに出来る事は、とにかく側に居る事とくらいしかないから。
一人でのんびりしたいし、落ち着いて食事をしたり、たまには小さい姉さんにも会いに行きたいけどね。片時も側を離れないバズーを鬱陶しく感じることも度々あるんです。
それは、長期化している抑うつ状態の原因でもあります。
だけどアタシはバズーと約束しているんです。 余程の用事がない限り側に居るって約束。バズーはアタシを信じていると感じています。だから約束を守ります。 美味しい手作りご飯と、マメな健康チェック。
バズーは真っ直ぐにアタシを見ます。だから、時々 信じてるって言葉を掛けます。
約束は守らなければ。バズーより長生きしなければいけないね。
2015年2月24日火曜日
並木さんの思い出
並木さんは、10才まで住んでいたアパートの右隣に住んでいた、今で言う 事実婚 のご夫婦です。夫婦と言ってもかなり年齢差があり、奥さんは40代半ば、旦那様は30代前半だったんじゃないかと思います。
このアパートは2階建てで、全部で8世帯でした。 大家さんの養女にあたるNさんは、今では80になりましたが、数年前までは渋谷に来てくださっていて、その娘のM子ちゃんもお客さまなんです。
並木さんご夫婦は、駅のガード下でスナックを経営していました。奥さんがママ、旦那さんがバーテンさんです。 他の住民と違っていたのは、夕方出勤して朝方に帰って来る事でした。昼間は寝ているので、アタシ達子供は、両親から「並木さんが寝てるから部屋で騒いだり走り回っちゃイケナイよ」と常々言われていました。
なかなか会う機会は無かったけれど、ちょうど夕飯の仕度を始める頃に並木さんは活動を開始するので、暗くなりかけた夕方に顔を合わせる事がありました。 奥さんは髪にエンジ色のカーラーを巻いていて、その上から網のネットを被っていました。旦那様は、色が白くて、男前で、黒いスーツ姿は俳優さんみたいだとアタシは思っていました。そして、出掛ける時の奥さんは、独特なお化粧をして、不思議な香りがする香水をつけていました。 アタシは、ごくたまにしか会わなかったし話も少しだけだったけれど、並木さんご夫婦がなんとなく好きでした。 (大人になってから考えると、職業からくる色気みたいなもんに惹かれてたようなきがするね)
そして、並木さんの旦那様は、クリスマスイブの夕方に、毎年必ず、当時家では買うことが無かったバタークリームのデコレーションケーキと、銀色の厚紙で出来たとても大きな長靴にイッパイお菓子が詰まったプレゼントをくれたんです。 生クリームのケーキが無かった時代だったし、ケーキをホールで買う家も少なかったんじゃないかな。 それはワクワクするくらい楽しみで、だけど、「今年もくれるかな?」なんて事を言っちゃいけない、ただひたすら届くのを待つ出来事でした。母は、クリスマスには鶏の骨付き股肉を焼いたのをお肉屋さんで買ってくれたけれど、決してケーキは買わなかったから、やっぱり期待していたような気がします。
並木さんのお家は昼夜が逆転していたから、アタシがまだ夢の中にいるような時間に洗濯機の音がしたし、駐車場に面した狭い庭で洗濯を干す気配もありました。 だから、隣の我が家に、1年のお礼を込めたプレゼントだったのかもしれないね。今でも、賃貸住宅では水商売の方の入居を嫌がるオーナーさんがいっぱいいるでしょ?当時は今よりもずっと、素人と玄人の境目がはっきりしていました。(今は並木さんの奥さんみたいなメイクを素人さんがしてるしね。) 五月荘を引っ越す事が決まった時、アタシは、もうクリスマスのデコレーションケーキは食べられなくなるんだなぁと思いながら、母から頼まれた回覧板を、並木さんのお宅のドアにかけて、心の中でサヨナラを言いました。
バタークリームは、ラードなどを混ぜた安いクリームで甘いスポンジケーキをコーティングしてあって、その後生クリームが出回るようになってから姿を消しましたが、最近の昭和ブームで復活しているそう。
ネットで買えるそうなので、誕生日に注文してみるつもりです。
並木さんはお元気かな。旦那さんがご健在ならば、白髪の粋なバーテンダーになってレトロなバーなんかやってるかもしれない。
※昭和40年代前半、サラリーマンの月給は2万台だったんだよ。亡父は祖父の会社の後継ぎだったので、当時3万6千円貰っていたそう。家賃は1万2千円でした。それから経済が高度成長期に入り、実家が10年暮らしたアパートを引き払い、当時やっと建設が始まったマンションを買うことになったんです。3LDKで82平米。広かったね。夜な夜な、両親が毎月5万のローンを15年払えるかを話し合ってました。 マンションは980万。 完済して、一戸建てに住み替えて行くお宅が多かった気がします。
バブルが来るずっと前の話だよ。 バブルがハジケテ、買った住宅(つまり土地価格)の値段が買った時より下がる事態になり、住み替えるどころか、借金が残っちゃうから売れないという事態になったんです。土地は値上がりするっていう土地神話の崩壊だね。
真面目にコツコツ働いていれば、歳を重ねた時に、ある程度の生活が出来る時代でした。ちなみに、アタシの時代はもうバブル弾けた後ですので、ローンの完済はおろか、住み替えなんて完全に無理ってことになりますね。
このアパートは2階建てで、全部で8世帯でした。 大家さんの養女にあたるNさんは、今では80になりましたが、数年前までは渋谷に来てくださっていて、その娘のM子ちゃんもお客さまなんです。
並木さんご夫婦は、駅のガード下でスナックを経営していました。奥さんがママ、旦那さんがバーテンさんです。 他の住民と違っていたのは、夕方出勤して朝方に帰って来る事でした。昼間は寝ているので、アタシ達子供は、両親から「並木さんが寝てるから部屋で騒いだり走り回っちゃイケナイよ」と常々言われていました。
なかなか会う機会は無かったけれど、ちょうど夕飯の仕度を始める頃に並木さんは活動を開始するので、暗くなりかけた夕方に顔を合わせる事がありました。 奥さんは髪にエンジ色のカーラーを巻いていて、その上から網のネットを被っていました。旦那様は、色が白くて、男前で、黒いスーツ姿は俳優さんみたいだとアタシは思っていました。そして、出掛ける時の奥さんは、独特なお化粧をして、不思議な香りがする香水をつけていました。 アタシは、ごくたまにしか会わなかったし話も少しだけだったけれど、並木さんご夫婦がなんとなく好きでした。 (大人になってから考えると、職業からくる色気みたいなもんに惹かれてたようなきがするね)
そして、並木さんの旦那様は、クリスマスイブの夕方に、毎年必ず、当時家では買うことが無かったバタークリームのデコレーションケーキと、銀色の厚紙で出来たとても大きな長靴にイッパイお菓子が詰まったプレゼントをくれたんです。 生クリームのケーキが無かった時代だったし、ケーキをホールで買う家も少なかったんじゃないかな。 それはワクワクするくらい楽しみで、だけど、「今年もくれるかな?」なんて事を言っちゃいけない、ただひたすら届くのを待つ出来事でした。母は、クリスマスには鶏の骨付き股肉を焼いたのをお肉屋さんで買ってくれたけれど、決してケーキは買わなかったから、やっぱり期待していたような気がします。
並木さんのお家は昼夜が逆転していたから、アタシがまだ夢の中にいるような時間に洗濯機の音がしたし、駐車場に面した狭い庭で洗濯を干す気配もありました。 だから、隣の我が家に、1年のお礼を込めたプレゼントだったのかもしれないね。今でも、賃貸住宅では水商売の方の入居を嫌がるオーナーさんがいっぱいいるでしょ?当時は今よりもずっと、素人と玄人の境目がはっきりしていました。(今は並木さんの奥さんみたいなメイクを素人さんがしてるしね。) 五月荘を引っ越す事が決まった時、アタシは、もうクリスマスのデコレーションケーキは食べられなくなるんだなぁと思いながら、母から頼まれた回覧板を、並木さんのお宅のドアにかけて、心の中でサヨナラを言いました。
バタークリームは、ラードなどを混ぜた安いクリームで甘いスポンジケーキをコーティングしてあって、その後生クリームが出回るようになってから姿を消しましたが、最近の昭和ブームで復活しているそう。
ネットで買えるそうなので、誕生日に注文してみるつもりです。
並木さんはお元気かな。旦那さんがご健在ならば、白髪の粋なバーテンダーになってレトロなバーなんかやってるかもしれない。
※昭和40年代前半、サラリーマンの月給は2万台だったんだよ。亡父は祖父の会社の後継ぎだったので、当時3万6千円貰っていたそう。家賃は1万2千円でした。それから経済が高度成長期に入り、実家が10年暮らしたアパートを引き払い、当時やっと建設が始まったマンションを買うことになったんです。3LDKで82平米。広かったね。夜な夜な、両親が毎月5万のローンを15年払えるかを話し合ってました。 マンションは980万。 完済して、一戸建てに住み替えて行くお宅が多かった気がします。
バブルが来るずっと前の話だよ。 バブルがハジケテ、買った住宅(つまり土地価格)の値段が買った時より下がる事態になり、住み替えるどころか、借金が残っちゃうから売れないという事態になったんです。土地は値上がりするっていう土地神話の崩壊だね。
真面目にコツコツ働いていれば、歳を重ねた時に、ある程度の生活が出来る時代でした。ちなみに、アタシの時代はもうバブル弾けた後ですので、ローンの完済はおろか、住み替えなんて完全に無理ってことになりますね。
2015年2月23日月曜日
候補絞り込み
いよいよ3月に入ったら、歯医者さんに行く予定。近辺は歯医者だらけなんだけど、今回は、土曜日に診てくれる所限定。そして徒歩5分以内鉄則。
どっちにしようかなぁ。青い看板の方にお子様連れたお母さんが入って行ったから、こっちにしようか。子供が怖がらないなら安心な気がする。
とにかくアタシ、歯医者さんに足を踏み入れると、恐怖で人格変わっちゃうんだよね。
どっちにしようかなぁ。青い看板の方にお子様連れたお母さんが入って行ったから、こっちにしようか。子供が怖がらないなら安心な気がする。
とにかくアタシ、歯医者さんに足を踏み入れると、恐怖で人格変わっちゃうんだよね。
酒屋の餡パン
前に、洒落た改装をした酒屋さんでパンを売り始めた事を書きましたが。結構好評らしくて、月曜日午後1時入荷なのに、夕方には売り切れ。
今日はどうかな…と覗いたらあった!
ちょうど、ふっくらと可愛らしい女性店員さんが入り口にいたので 「餡パンが欲しいの〜。つぶ餡とこし餡二個ずつ〜」と言いましたら、店員さんは奥の棚からシャンパン持ってきたんです。
中国人だったみたい。 遠巻きに見てたオーナーのご主人が、慌てて餡パンを持ってきてくれて、無事に買えました。 世田谷の手作りパン屋さんから仕入れてるんだって。
夜食にします。
今日はどうかな…と覗いたらあった!
ちょうど、ふっくらと可愛らしい女性店員さんが入り口にいたので 「餡パンが欲しいの〜。つぶ餡とこし餡二個ずつ〜」と言いましたら、店員さんは奥の棚からシャンパン持ってきたんです。
中国人だったみたい。 遠巻きに見てたオーナーのご主人が、慌てて餡パンを持ってきてくれて、無事に買えました。 世田谷の手作りパン屋さんから仕入れてるんだって。
夜食にします。
2015年2月22日日曜日
2015年2月21日土曜日
ゆみちゃん
マコシンシン「あーんしてね、ゆみちゃん。ご飯でしゅよ〜」
お人形遊びを始めたマコシンシン。人形は製作者である ゆみちゃんと命名されたらしい。 いずれ製作者ゆみちゃんの事も覚えてくれるだろうかねぇ。
二人のゆみちゃんをどう理解するか楽しみだ。
子供ってやつは、意外に様々な事をよく覚える。新品のスポンジが水を吸い込むようにね。
大小姉さん達が小さかった頃、工作で作ってきた人形に とーーっても長い名前をつけてあげた。
確か グレーピーコチンムラムラ… 忘れたが、更に10倍くらい長い名前を。
二人はそれを面白がって、あっという間に暗記した。そしてしばらくはグレーピーコチンムラムラ…と遊んでいた。 大人だったら、グレーピーってな具合に呼びやすくしてしまうところだが、二人は毎回、グレーピーコチンムラムラ… とフルネームで呼んでいた。 多分、今でも覚えているんじゃないかな。
お人形遊びを始めたマコシンシン。人形は製作者である ゆみちゃんと命名されたらしい。 いずれ製作者ゆみちゃんの事も覚えてくれるだろうかねぇ。
二人のゆみちゃんをどう理解するか楽しみだ。
子供ってやつは、意外に様々な事をよく覚える。新品のスポンジが水を吸い込むようにね。
大小姉さん達が小さかった頃、工作で作ってきた人形に とーーっても長い名前をつけてあげた。
確か グレーピーコチンムラムラ… 忘れたが、更に10倍くらい長い名前を。
二人はそれを面白がって、あっという間に暗記した。そしてしばらくはグレーピーコチンムラムラ…と遊んでいた。 大人だったら、グレーピーってな具合に呼びやすくしてしまうところだが、二人は毎回、グレーピーコチンムラムラ… とフルネームで呼んでいた。 多分、今でも覚えているんじゃないかな。
春キャベツの炒飯
柔らかい春キャベツが出てきたので、今夜は簡単炒飯。
テフロン加工がダメになったのか、フライパンに焦げ付いちゃった。 鉄のフライパンが良いんだろうけど、片手で持ち上げるのに重いんだよね。鍋も食器も軽い方が楽ちん。
テフロン加工がダメになったのか、フライパンに焦げ付いちゃった。 鉄のフライパンが良いんだろうけど、片手で持ち上げるのに重いんだよね。鍋も食器も軽い方が楽ちん。
アタシ失敗しないので!?
すっかり忘れていたシルバーフォックスの修理を始めました。
お直しやさん全部断られちゃったしね。
切っちゃった〜。
自分のならともかく、大切なお客さんの高価なファーを切っちゃった〜。
アタシ失敗しないので。
お直しやさん全部断られちゃったしね。
切っちゃった〜。
自分のならともかく、大切なお客さんの高価なファーを切っちゃった〜。
アタシ失敗しないので。
解りやすいオブジェ
道玄坂上のモスバーガーの並びに、解りやすいオブジェが飾られました。
調理師専門学校が出来たの。
細長くて小さなビルだけど、1階にこれがあると目印になるね。
白い鍋やスプーンが飾ってあるビルですって説明すれば、大抵は通り過ぎる事は無さそう。
調理師専門学校が出来たの。
細長くて小さなビルだけど、1階にこれがあると目印になるね。
白い鍋やスプーンが飾ってあるビルですって説明すれば、大抵は通り過ぎる事は無さそう。
2015年2月20日金曜日
春夏生地 セレクト
そろそろ春夏生地が出そろってきたので、コットン素材を中心にセレクト中。
やっぱりアレだね、秋冬に比べると断然色柄豊富。
今年はふんわりとした質感の綿ローンとか、ダブルガーゼ素材にも注目してるところなんです。
スカート、ワンピース、ブラウス、カットソー・・・・作りたい物いっぱい!
よう子ちゃんの思い出
よう子ちゃんは、アタシが10歳まで暮らしていた五月荘というアパートの左隣に住んでいました。同じ歳なのに、目がクリンとおっきくて背も高くて、少しお姉さんみたいな感じで、お父さんはキッチリ七三に分けた髪型に眼鏡の真面目そうな人で、お母さんは小柄だけど、いつも綺麗にお化粧をしていました。
母と名店センター(東横のれん街みたいな)へ佃煮を買いに行った時に、「ほら、ここがよう子ちゃんのママのスナックよ」と教えてもらって、アタシはスナックってのが何屋かは分からなかったけれど、中が見えそうで見えない紫色の硝子のドアと、そこに白い文字で書かれた エンジェル というお店の名前をよく記憶しています。
よう子ちゃんの部屋からは、度々お父さんとお母さんが喧嘩をする怒鳴り声が聞こえてきて、大抵はガラスが割れる音や何かが倒れるような音も聞こえたので、そんな日の翌日は、よう子ちゃんが無事かどうかが気になって仕方ありませんでした。(いつもニコニコ何事も無かった様子だったけどね)
よう子ちゃんとは外で遊ぶ事が多かったんだけれど、1度だけ部屋に入れてもらった事がありました。それは寒い年末で、うちと同じ二間の間取りの中は雑然としていて、見上げるほど立派な段飾りのお雛様があって驚きましたが、お人形はひっくり返ったり畳に落ちたりしていました。
そして、よう子ちゃんは秘密の鍵を持っていて、ごくたまに、アパートから5分くらいの所にある別のアパートへ連れて行ってくれたのです。そこは狭いお部屋が1つあって、その部屋の殆どが大きなベッドで占められていたので、アタシとよう子ちゃんは、そのベッドでトランポリンみたいに飛び跳ねる遊びをしてから、またそっとドアに鍵をかけて家に帰りました。
母にその部屋の事を話したら「ふ〜ん。あんたその部屋の事をよう子ちゃんのお父さんに言っちゃだめよ。」と言われました。(母は遊びに行く事はダメとは言わなくて、むしろ楽しそうでした。(つまり好奇心旺盛だったんだよね、今思えばさ)
ある日、小さなトラックがやって来て、よう子ちゃんの部屋から荷物を運び出し始めました。その翌日から、よう子ちゃんは居なくなってしまったのです。居なくなったのはよう子ちゃんとお母さんで、お父さんはそのまんま住んでいました。
よう子ちゃんは何処へ行っちゃったのか、母は知っていたようなんですが、詳しくは教えてもらえませんでした。 一人暮らしになったよう子ちゃんのお父さんは、たまたま顔を合わせるとアタシに三角のチーズをくれました。そして、「夜ご飯のおかずにタクアンを炒めるんだよ」とか、「「おじさんね、セーターを洗ったらこんなにちっちゃくなっちゃったんだよ」と言いながら、ホンマかいな!?ってなくらいに縮んだセーターを見せてくれました。 アタシは生まれて初めて、切ないって気持ちを味わったんです。
それから1年くらいしたら、七三分けのよう子ちゃんのお父さんには、新しい奥さんが来ました。子供心に、きっと喧嘩の声が聞こえなくなるなぁって思うくらいお似合いの奥さんでした。
よう子ちゃんは成績が良かったんです。後で、私立の有名な女子校に行ったと聞きました。
何となく、アタシはよう子ちゃんはお医者さんになったんじゃないかなと思っています。 そう思う理由は、よう子ちゃんの家庭教師交通事故事件というのがあったからなんです。
よう子ちゃんの家庭教師は若い女性でした。 週に何日か通ってきていました。その家庭教師の女性は、勉強が終わると、よう子ちゃんのお母さんの知り合いである男性が車で家まで送りとどけていたそうです。多分、スナックエンジェルの従業員。その時に交通事故にあい、フロントガラスの破片が顔や身体に刺さって重傷を負いました。その事をよう子ちゃんはとても悲しそうに話してくれました。退院後は家庭教師をやめて、イトーヨーカドーの屋上でソフトクリームを売る仕事をしていると聞きました。アタシはある日、イトーヨーカドーの屋上に行ってみたのです。パラソルが広がった一角にソフトクリーム屋さんがあって、アタシはバニラチョコを注文しました。 手渡してくれたのは確かによう子ちゃんの家庭教師をしていた女性で、顔に無数の傷が残っていました。だからアタシはそのソフトクリームの味も覚えていないどころか、帰りに大切にしていたピンクのがま口まで無くすほどショックを受けました。 よう子ちゃんは、やっぱりお医者さんになったんじゃ
ないかって思っているわけなんです。
母と名店センター(東横のれん街みたいな)へ佃煮を買いに行った時に、「ほら、ここがよう子ちゃんのママのスナックよ」と教えてもらって、アタシはスナックってのが何屋かは分からなかったけれど、中が見えそうで見えない紫色の硝子のドアと、そこに白い文字で書かれた エンジェル というお店の名前をよく記憶しています。
よう子ちゃんの部屋からは、度々お父さんとお母さんが喧嘩をする怒鳴り声が聞こえてきて、大抵はガラスが割れる音や何かが倒れるような音も聞こえたので、そんな日の翌日は、よう子ちゃんが無事かどうかが気になって仕方ありませんでした。(いつもニコニコ何事も無かった様子だったけどね)
よう子ちゃんとは外で遊ぶ事が多かったんだけれど、1度だけ部屋に入れてもらった事がありました。それは寒い年末で、うちと同じ二間の間取りの中は雑然としていて、見上げるほど立派な段飾りのお雛様があって驚きましたが、お人形はひっくり返ったり畳に落ちたりしていました。
そして、よう子ちゃんは秘密の鍵を持っていて、ごくたまに、アパートから5分くらいの所にある別のアパートへ連れて行ってくれたのです。そこは狭いお部屋が1つあって、その部屋の殆どが大きなベッドで占められていたので、アタシとよう子ちゃんは、そのベッドでトランポリンみたいに飛び跳ねる遊びをしてから、またそっとドアに鍵をかけて家に帰りました。
母にその部屋の事を話したら「ふ〜ん。あんたその部屋の事をよう子ちゃんのお父さんに言っちゃだめよ。」と言われました。(母は遊びに行く事はダメとは言わなくて、むしろ楽しそうでした。(つまり好奇心旺盛だったんだよね、今思えばさ)
ある日、小さなトラックがやって来て、よう子ちゃんの部屋から荷物を運び出し始めました。その翌日から、よう子ちゃんは居なくなってしまったのです。居なくなったのはよう子ちゃんとお母さんで、お父さんはそのまんま住んでいました。
よう子ちゃんは何処へ行っちゃったのか、母は知っていたようなんですが、詳しくは教えてもらえませんでした。 一人暮らしになったよう子ちゃんのお父さんは、たまたま顔を合わせるとアタシに三角のチーズをくれました。そして、「夜ご飯のおかずにタクアンを炒めるんだよ」とか、「「おじさんね、セーターを洗ったらこんなにちっちゃくなっちゃったんだよ」と言いながら、ホンマかいな!?ってなくらいに縮んだセーターを見せてくれました。 アタシは生まれて初めて、切ないって気持ちを味わったんです。
それから1年くらいしたら、七三分けのよう子ちゃんのお父さんには、新しい奥さんが来ました。子供心に、きっと喧嘩の声が聞こえなくなるなぁって思うくらいお似合いの奥さんでした。
よう子ちゃんは成績が良かったんです。後で、私立の有名な女子校に行ったと聞きました。
何となく、アタシはよう子ちゃんはお医者さんになったんじゃないかなと思っています。 そう思う理由は、よう子ちゃんの家庭教師交通事故事件というのがあったからなんです。
よう子ちゃんの家庭教師は若い女性でした。 週に何日か通ってきていました。その家庭教師の女性は、勉強が終わると、よう子ちゃんのお母さんの知り合いである男性が車で家まで送りとどけていたそうです。多分、スナックエンジェルの従業員。その時に交通事故にあい、フロントガラスの破片が顔や身体に刺さって重傷を負いました。その事をよう子ちゃんはとても悲しそうに話してくれました。退院後は家庭教師をやめて、イトーヨーカドーの屋上でソフトクリームを売る仕事をしていると聞きました。アタシはある日、イトーヨーカドーの屋上に行ってみたのです。パラソルが広がった一角にソフトクリーム屋さんがあって、アタシはバニラチョコを注文しました。 手渡してくれたのは確かによう子ちゃんの家庭教師をしていた女性で、顔に無数の傷が残っていました。だからアタシはそのソフトクリームの味も覚えていないどころか、帰りに大切にしていたピンクのがま口まで無くすほどショックを受けました。 よう子ちゃんは、やっぱりお医者さんになったんじゃ
ないかって思っているわけなんです。
2015年2月19日木曜日
むーめーじん7
朝散歩でまるい公園に着いたら先客が。
ヨチヨチ歩いていたので、まだパピーかなと眺めていたら
「何歳ですか?」と声をかけられました。
以前のアタシだったら、自分の年齢を答えていたところだけれど、最近はキッパリとパズーの年齢を言います。
「まだ若いんだ。うちはもう18歳のお爺さんなんですよ。トイプードルかな…と思って飼いはじめたんですが、耳が立ってるからね。多分他の犬種が混じってると思うんですよね。2年くらい前から甲状腺機能低下症とか心臓とかガタが来てるんですけど、案外と元気です。ホルモン剤高いですよね〜。 名前はタウルです。写真、タウルだけで良いですか?」
と言うわけで、飼い主さんも撮らせていただきました。18歳かぁ。長生きだよね。
飼い主さん、生活豊かそう。
ヨチヨチ歩いていたので、まだパピーかなと眺めていたら
「何歳ですか?」と声をかけられました。
以前のアタシだったら、自分の年齢を答えていたところだけれど、最近はキッパリとパズーの年齢を言います。
「まだ若いんだ。うちはもう18歳のお爺さんなんですよ。トイプードルかな…と思って飼いはじめたんですが、耳が立ってるからね。多分他の犬種が混じってると思うんですよね。2年くらい前から甲状腺機能低下症とか心臓とかガタが来てるんですけど、案外と元気です。ホルモン剤高いですよね〜。 名前はタウルです。写真、タウルだけで良いですか?」
と言うわけで、飼い主さんも撮らせていただきました。18歳かぁ。長生きだよね。
飼い主さん、生活豊かそう。
鈴木先生の思い出
小学校は2年毎にクラス替えと担任が替わり、1年2年ととても怖い女性の先生だったので、アタシは3年生で初老(多分50代半ば)の男の先生になった時にはとても嬉しかった。鈴木先生はごま塩頭で太っちょで、穏やかで優しい先生だったんだけど、糖尿病を患っていて、教壇には必ず角砂糖と蓋がコップになる水差しが置かれていました。当時は、この角砂糖と水が鈴木先生の病気とどんな関係があるのか解らなかったけれど、既にお節介な性格が際立っていたアタシは、毎日水を取り替えて、角砂糖の在庫確認を怠らなかったんです。 ある日の休み時間、鈴木先生はアタシを呼んで「肩を揉んでくれ〜」と言いました。 アタシはその頃、父の肩揉み30分と、白髪抜き1本1円っていう小遣い稼ぎをしていたので、肩揉みはオチャノコサイサイ。
鈴木先生も、気持ちが良かったらしく、アタシは徐々に生徒から鈴木先生の付き人みたいな存在になっていきました。
しまいには、授業中も、教壇に座っている鈴木先生の後ろに立ち、肩を揉み、角砂糖を口に放り込み、水を飲ませたりと立ち働くようになったんです。
鈴木先生が黒板に何か書くときは、他の生徒の邪魔にならない位置に行き、先生が椅子に戻ると、アタシもまたサーッと後ろに戻り肩揉み。
母に、そんな役割を担っている事を報告したら、母は「あら〜良かったじゃない」と言いました。
そういう積み重ねが効を奏したのか、アタシは5年生のクラス替えでも鈴木先生のクラスになりました。
現代だったら有り得ないかもしれないけどね。誰も異議申し立てをする人は居なかったんです。
こんな事を書くと、まるでアタシが全く勉強をしなかったようにおもわれちゃうよね。事実、成績はいつも真ん中辺りを上がり下がりしていました。しかしです。
鈴木先生は、必ず日記の宿題を出す先生で、日記とは言っても、何を書いても良いということになっていて、提出しない生徒が大半でも、怒られたりはしませんでした。
アタシは、何を書いても良いってところと、提出すると必ず赤ペンで何かが書き添えられて返されるのが気に入って、作文や詩や日記のような物を書いて提出していました。
5年生になったころ、鈴木先生はアタシに言いました。「このあいだのナメクジって詩が良いから5年生代表で市に出すぞ」って。
ナメクジという詩の内容は、アタシの母方の祖父が晩酌の際に、よくイカの塩辛を食べていて(祖父だけに出されていました)、あれはどんな味がする食べ物なんだろうと思い聞いてみたら、祖父は「これはなぁ、ナメクジの漬けもんだ。不味いぞ」と答えて、アタシはとても驚いて、大人になっても塩辛を食べない…というような内容の詩だったんです。 そして ナメクジ は入選しました。
その後、鈴木先生は教師であり俳人でもある事がわかり、先生が俳句の本を出したと聞いて、アタシは本屋さんに探しに行きました。アタシは、鈴木先生が書いた本の中に、毎日肩揉みをする生徒の事が書かれているかもしれないと思ったんです。 俳句の本は難しくて理解不能でしたが、 中に一句、記憶に残っているものがあります。
それは、校庭に立つウラジロの大木が風に吹かれると、まるで可愛い子供たちが白い歯を見せて笑っているようだ といった内容の俳句です。
可愛い子供たちの中の一人がアタシなんだと思いました。
アタシは6年生進級を期に引っ越しをして転校しましたが、鈴木先生は「たくさん読んで沢山書けよ」と言ってくれました。
こんなふうに毎日ブログを更新出来るくらい書くのが苦にならないのは、鈴木先生のお陰だと感謝しています。 先生はその後、何校かを転勤して退職された後、数年して他界されたそうです。
最期に角砂糖を食べたかなと懐かしく思い出します。
鈴木先生も、気持ちが良かったらしく、アタシは徐々に生徒から鈴木先生の付き人みたいな存在になっていきました。
しまいには、授業中も、教壇に座っている鈴木先生の後ろに立ち、肩を揉み、角砂糖を口に放り込み、水を飲ませたりと立ち働くようになったんです。
鈴木先生が黒板に何か書くときは、他の生徒の邪魔にならない位置に行き、先生が椅子に戻ると、アタシもまたサーッと後ろに戻り肩揉み。
母に、そんな役割を担っている事を報告したら、母は「あら〜良かったじゃない」と言いました。
そういう積み重ねが効を奏したのか、アタシは5年生のクラス替えでも鈴木先生のクラスになりました。
現代だったら有り得ないかもしれないけどね。誰も異議申し立てをする人は居なかったんです。
こんな事を書くと、まるでアタシが全く勉強をしなかったようにおもわれちゃうよね。事実、成績はいつも真ん中辺りを上がり下がりしていました。しかしです。
鈴木先生は、必ず日記の宿題を出す先生で、日記とは言っても、何を書いても良いということになっていて、提出しない生徒が大半でも、怒られたりはしませんでした。
アタシは、何を書いても良いってところと、提出すると必ず赤ペンで何かが書き添えられて返されるのが気に入って、作文や詩や日記のような物を書いて提出していました。
5年生になったころ、鈴木先生はアタシに言いました。「このあいだのナメクジって詩が良いから5年生代表で市に出すぞ」って。
ナメクジという詩の内容は、アタシの母方の祖父が晩酌の際に、よくイカの塩辛を食べていて(祖父だけに出されていました)、あれはどんな味がする食べ物なんだろうと思い聞いてみたら、祖父は「これはなぁ、ナメクジの漬けもんだ。不味いぞ」と答えて、アタシはとても驚いて、大人になっても塩辛を食べない…というような内容の詩だったんです。 そして ナメクジ は入選しました。
その後、鈴木先生は教師であり俳人でもある事がわかり、先生が俳句の本を出したと聞いて、アタシは本屋さんに探しに行きました。アタシは、鈴木先生が書いた本の中に、毎日肩揉みをする生徒の事が書かれているかもしれないと思ったんです。 俳句の本は難しくて理解不能でしたが、 中に一句、記憶に残っているものがあります。
それは、校庭に立つウラジロの大木が風に吹かれると、まるで可愛い子供たちが白い歯を見せて笑っているようだ といった内容の俳句です。
可愛い子供たちの中の一人がアタシなんだと思いました。
アタシは6年生進級を期に引っ越しをして転校しましたが、鈴木先生は「たくさん読んで沢山書けよ」と言ってくれました。
こんなふうに毎日ブログを更新出来るくらい書くのが苦にならないのは、鈴木先生のお陰だと感謝しています。 先生はその後、何校かを転勤して退職された後、数年して他界されたそうです。
最期に角砂糖を食べたかなと懐かしく思い出します。
2015年2月18日水曜日
ドレス製作とブライダルについて
問合せをいただいたので載せておきます。
ブライダルに限らず、あらゆる用途のフォーマルドレス製作は承っています。
一人で作っている事と、いわゆる 「お客様でしたらどんなドレスもお似合いになりますわ〜」 みたいな接客は出来ないので、今は顧客と、顧客のご紹介がある身近な方のみとさせていただいています。 ドレス製作では、今回アップしたドレスでもそうなのですが、ケミカルレースのモチーフをカットして手縫いで装飾していくというようなハンドメイド作業を得意としています。製作中に様々なアイデアが浮かんだり、デザイン変更もしますので、かなりアバウトです。 金額は、ご予算(予算さえ判らない方も多いです)の範囲で、追加料金が発生しないように心掛けています。 フルオーダーの他、リメイクも出来ます。付随するアクセサリー、ブーケ等も作ります。
要望がありましたら、挙式披露宴の相談からプロデュース、当日の介添人を承ります。これは会場の許可が下りた場合です。
まぁこんな感じですので、ざっくりカジュアルな対応に拒絶反応が無い方に向いているかと思います。
ブーケだけ、ドレスだけ、引き出物だけってのもオーケーですので、勇気のある方はお問い合わせ下さいませ。sobraniepinksアットマークホットメールドットコムまでね。
※画像は、小さい姉さんがお色直しで着る予定でしたが、マタニティー対応のドレスを着る事となり、幻となったドレスです。
ブライダルに限らず、あらゆる用途のフォーマルドレス製作は承っています。
一人で作っている事と、いわゆる 「お客様でしたらどんなドレスもお似合いになりますわ〜」 みたいな接客は出来ないので、今は顧客と、顧客のご紹介がある身近な方のみとさせていただいています。 ドレス製作では、今回アップしたドレスでもそうなのですが、ケミカルレースのモチーフをカットして手縫いで装飾していくというようなハンドメイド作業を得意としています。製作中に様々なアイデアが浮かんだり、デザイン変更もしますので、かなりアバウトです。 金額は、ご予算(予算さえ判らない方も多いです)の範囲で、追加料金が発生しないように心掛けています。 フルオーダーの他、リメイクも出来ます。付随するアクセサリー、ブーケ等も作ります。
要望がありましたら、挙式披露宴の相談からプロデュース、当日の介添人を承ります。これは会場の許可が下りた場合です。
まぁこんな感じですので、ざっくりカジュアルな対応に拒絶反応が無い方に向いているかと思います。
ブーケだけ、ドレスだけ、引き出物だけってのもオーケーですので、勇気のある方はお問い合わせ下さいませ。sobraniepinksアットマークホットメールドットコムまでね。
※画像は、小さい姉さんがお色直しで着る予定でしたが、マタニティー対応のドレスを着る事となり、幻となったドレスです。
細切り豚肉と白菜の塩炒め
今日は半月ぶりに仕事を休みました。
ブログをパソコンからメンテナンス出来るように修行していたのです。
早朝にドレス画像をアップしたせいか、アクセス数がうなぎ登りだったね。
かつてプロデュースしたブライダルの、新郎様がわご列席者だった方から、ドレス製作などについての問合せメールをいただいたりもしたので、その事は夜にでも解りやすく書きます。
今夜は細切り豚肉と白菜の塩炒めとさつま芋と油揚げのお味噌汁。 お腹空いたよ。
ブログをパソコンからメンテナンス出来るように修行していたのです。
早朝にドレス画像をアップしたせいか、アクセス数がうなぎ登りだったね。
かつてプロデュースしたブライダルの、新郎様がわご列席者だった方から、ドレス製作などについての問合せメールをいただいたりもしたので、その事は夜にでも解りやすく書きます。
今夜は細切り豚肉と白菜の塩炒めとさつま芋と油揚げのお味噌汁。 お腹空いたよ。
名前のあるドレス
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4月の鍋
今日も雨が降ったり止んだりで、10度そこそこの寒さです。 明日からは少しずつ気温が上がるようですが、まだ雨の日がありそう。 というわけで、4月の鍋です。 春菊が高級野菜になってしまったので、もっぱら水菜を使っています。 お米の値段も下がらないし、工夫するしかないよね。
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The blog, which has been running for 13 years, receives access from all over the world. I am deeply grateful to all my readers. thank you!