2018年3月4日日曜日

薬膳 黒酢五香煮

いつもは手羽飯にする手羽元を、今夜は薬膳に。

圧力鍋で柔らかくしてから、醤油と黒酢、スパイスに五香粉を使う。 辛味に七味を少々で、大変美味しく煮上がった。

茹で汁には、ワカメとお豆腐、長ネギ、人参で卵上湯スープに。

副菜は、菜花と春キャベツのおろし和え。

画像はいつもTの分で、手羽は7~8本。ご飯もスープも大抵はお代わりになるので、多分足りていると思う。

自分は、グーンと減って、手羽は2本になる。それでも食べ過ぎたと思う事があるから、最近はご飯を半分にしているのである。
主菜から野菜だけをより分けて食べる日も結構あって、大きい姉さんも野菜の方が多い。

だから、Tが独立するのを節目にして、菜食に切り替えようかと話している。
絶対に肉や魚を食べないという厳格なスタイルではなく、基本を玄米菜食にして、食べたくなったら肉も食べるというようなアバウトさが良いような気がしている。

どうもその方が調子が良く、特にアタシは、肉も脂も乳製品もどちらかというと苦手なのだ。
牛乳は子供の時から飲めないし、ヨーグルトも年に数回しか食べないのである。 乳製品の中で大丈夫なのは、脂肪の少ないチーズ。かなり匂いがキツイブルーチーズくらいなもの。

魚は好きだが、切り身よりは青魚で、安上がりに出来ている。

アルコールを飲まない甘党なのだが、歳のせいか和菓子の方が美味しく感じるようになった。
洋菓子でも、生クリームのショートケーキより、素朴なクッキーやアップルパイを好む。果物は全般的に好きだから、旬の果物を食べていればそれで満足なのである。

もしも会食があったら、もちろん何でも食べるけれど、アラカルトが助かる。
それではご馳走感が無さすぎるという場合は、天婦羅屋が良い。天丼は食べきれないから、目の前で野菜を揚げてもらって食べる。最後にお蕎麦が出て来たら最高のご馳走だ。

こんな事を考えていたら、急にお汁粉が食べたくなってしまった。 キビ砂糖で煮たやつね。

ごちそうさまでした。

店主どうした⁉

久しぶりに踏み切りを渡った。
脚の痛みが引いてきたパズーが行きたがったからだ。

あれ?外壁を塗り直して、心機一転頑張るんだとばかり思っていた拉麺屋が……拉麺屋じゃなくなっている。

店主どうした⁉ 拉麺で勝負をかけるのかと思っていたら、タイ料理じゃないか!

中を覗いたら、やっぱりあの店主だ。

拉麺は諦めて、タイ料理を学んだのだろうか。

別にどちらでも構わないと言えば構わないのだが、かなりだいぶ相当不安になってしまった。

実は、タイ料理も激戦なのである。

あちこちに老舗があって、何処もそこそこ顧客がいる。
店構えにも工夫を凝らしていて、入ってみようと思わせなければならないし、実際に食べて美味しかったり、接客が良くなければ、リピートしてもらえない厳しさがある。

白に赤に青。フレンチの配色でもあり、床屋のようでもあり、だけどタイ料理。

頑張って下さい。

知らなかった地元の桜

地元の事は、知っているようで、意外に知らない事もある。

氏神の桜祭りのポスターを見て、金王八幡宮の桜が、江戸の三名桜なのだという事を知った。

おまけに、三本しかないのに、人が殺到して来るらしい。

その理由は、金王桜は、ソメイヨシノではなくて、珍しい長州緋桜なのである。更に長州緋桜は、半分が一重で半分は八重という珍しい花びらの形状をしているらしく、色も濃い目。更にさらに、見頃3日と短く、3月の第4土日しか満開は見られないのだそう。

だから、この2日間は凄い花見客の数になる訳だ。

金王丸の出身が渋谷だという事くらいしか知らなかった。

近所の氷川神社の桜も名所なので、桜が好きな方は、是非見に行って下さい。
渋谷東口、渋谷警察の方面なので、アタシのいる道玄坂とは反対側。

そちら方面に行くならば、お薦めのお店などもいずれ紹介したいと思っているが、まずは自分が行ってから。

とは言っても、良い店の半分は畳んでしまったから、段々と少なくなって、実は人には教えたくないような秘密のお店もチラホラなのである。

2018年3月3日土曜日

晴れ時々Hオトウ 高齢化 春祭り



ひな祭りの今日、ヤドリギでは春祭り。

随分沢山の人で賑わって、威勢が良いように見えるけれど、実は高齢化で大変らしい。

山間の起伏がある場所を、このお神輿を担いで回るのだから、確かに引き継いでくれる若手が居ないと大変。

充分に都内への通勤圏だと思って居るんだけれど、子供世代は離れてしまう??

ところで、神輿担ぎというと、どうしても祭り半纏を思い浮かべてしまうのだけれど、このヤドリギの担ぎ手の白装束は独特の雰囲気ですね。

祭りというよりも、神聖な神事なのだと感じます。

五穀豊穣を願う里山の神事。
村人の切なる願いは、お祭り騒ぎとは全く違うわけですね。

オトウも「神様に乗っていただき、奥宮にお帰りいただく・・・」とメールをくれました。
確かに、ヤドリギを守る神様が存在していて、村人は守られていると感じるのでしょうね。
そう考えますと、ますます後継者の問題は深刻です。
ヤドリギを守って行こうという意志が必要ですものね。

四国の方の方が、村では60代が青年部だと言っていたのを思い出しました。
つまり、オトウはまだまだ若手のうちで、40代を中心に、後継者を見つけてゆかなければなりません。

興味がある方は、是非ヤドリギを訪れてみてください。
神奈川県の足柄群です。どちらかというと小田原に近い方です。

さて、春祭りでくたくたなオトウですが、今日の春祭りを節目に、いよいよ本格的に畑仕事が始まるようです。
茶畑の補修を含めて、今年のオトウは大忙しになります。

頑張るオトウやSちゃんを、今日奥宮にお帰りになった神様が、きっと守ってくれることでしょう。

晴れ時々Hオトウ 春だ頑張れ~~!


春キャベツが出た

やっと春キャベツが出た。 価格は高値続きだが、葉の色が濃く、何よりも柔らかい。

早速1個ぶら下げて帰ってきた。

今夜は、すごーーーく久しぶりにハヤシライス。
春キャベツ、玉葱、セロリ、茸を沢山入れて煮込んでみた。

所謂、庶民的なおかず
ばかりで、洋食らしい物はあまり作らないから、美味しく感じる。

結局は、和のおかずが主流で、胡椒くらいしかスパイスも置いていない。

味噌と醤油と塩、砂糖と酢と味醂があれば、毎日そのローテーションで事足りてしまうのである。。

ネット上の知り合いに、イタリアンが好きだと思われているらしく、どうしてそう思われているのか不思議で仕方がない。
実は、オリーブオイルは苦手で、和風パスタかナポリタンくらいしか名前も知らないのである。きっと人違いなんだろう。

今日の玄米は上手く炊けて、ハヤシライスには合わないが、よく噛んで食べた。

主食を玄米に変えて半年が過ぎた。 何が変わったかと言うと、食べる量が減った。飯碗に七分目がちょうど良い。
体調に差ほど変化は無いが、噛むことを意識するせいか、お腹を壊さなくなった。
お米はさっと洗う程度で良いから、お米を研がなくちゃと思わなくなった。
火加減さえ間違わなければ簡単なものなのであるが、家族の誰かが嫌だという場合は、なかなか玄米には切り替えられないだろうと思う。

五目寿司や炊き込みように、二キロくらいの白米か三分づきを買い置いても良いかなと考えている。
今日も無事に暮れました。

天道虫

朝から動物病院へ行ってきた。
土曜日は混んでいるのだが、予約さえ入れておけば、比較的に早く呼ばれる。

レントゲンで、骨には異常なし。
骨肉腫という恐い病気があるので、ひとまずホッとした。
菌の検査もクリアして、残るは、爪の周りの皮膚炎症。
薬を出してもらい、2週間様子を見る事になった。

新しくなった病院の入り口に、犬の為のトイレが出来た。この柱にオシッコをしたら、ボタンを押して水を流せる。
家に欲しいくらい便利で清潔。

なんだかんだと済ませて、やっとタクシーに乗ったら、1匹の天道虫が座っていた。
天道虫は、死んだ振りが出来るらしい。
農作物の害虫を食べてくれるので、畑には良い虫なんだそう。
その為には、飛ばない天道虫が良いという理由で、既に飛ばない天道虫が作られているという。

人の都合で飛べないなんて、あまりにも可哀相である。
好きな時に好きな所へ飛びたいだろうに。

帰宅して座らずに、晩御飯の準備に取り掛かった。一度座ってしまうと億劫になって立ち上がれないからだ。

たまの遠出は動物病院ばかり。好きな時に好きな所へ飛びたいが、今はそんな事も言っていられない。
せめて死んだ振りでもして、何日か休みたい気分である。

2018年3月2日金曜日

玄米失敗

玄米は、朝圧力鍋で炊いて保温しているのだが、今日は失敗した。

蓋のパッキンがきちんとはまっていなかった為に、蒸気が漏れてしまった。

音がおかしく、重りも揺れないから気付いたが、下手をすると大火傷を負ってしまう。

炊き上がったご飯は堅め。仕方がないから、いつもの2倍噛んで飲み込んだ。

主菜は豚ロースとキャベツの塩コショウ炒め。副菜は、茄子と大根とクコノミの黒酢ドレッシング。それに、ワカメとお豆腐と長ネギのお吸い物。

最近、肉を使っても、アタシは食べずに野菜だけにしている。 年々、肉の摂取量が減って、野菜と豆類、お豆腐等に移行している。
つまり、昔からあまり肉食系ではなくて、魚か野菜があればその方が身が軽いのである。

パズーは、4種の野菜に鮭とささみを混ぜて、亜麻仁油を少し。 亜麻仁油には若干苦味があるが、問題なく平らげた。

老犬には鹿肉が良いと聞いたので、取り寄せ中だ。

手作りご飯には抵抗がある人の方が多いようだけれど、もう11年作り続けていて、よく食べる。

考えてみたら、朝夕2回のご飯を欠かせた事は無いから、よく作り続けているものだと思う。

これからは、人もパズーも、春夏野菜に移行して行く予定で、あまり食べたがらないトマトを美味しく食べられるご飯を工夫する予定でいる。

明日は失敗しない玄米を炊かなければ。
顎がくたびれてしまったよ。

次は桜

もう少し寒く、空気が張りつめていた方が、梅も椿も見映えがする。

昨日に引き続き、すっかり春の空が広がって、花屋のチューリップや桜草の明るさが目立っていた。

次は桜である。
卒業入学シーズンに入り、既に蕾が準備を始めている。

多少肌寒くても、うららかな陽気でも、桜はどちらも似合うのは、高さのある木だからだろうか。

桜好きな方は、桜前線を追いかける旅をするそうで、青森県弘前市の世界一長い桜並木まで行ったと聞いた事がある。
六千本以上が植えられていて、何処までも桜尽くしの中を歩くのだそうだ。

散歩の範囲では、毎年見られる桜の中で、一番気に入っているのは、鍋島公園近くの私邸にある一本桜だ。

桜の強い根で傾かないように、敷地内は斜面になっていて、入り口脇に桜の枯木が満開になると、一番高いところに建てられた家屋が見えない位に花付きが良いのである。

その前を歩く頃には、パズーが11歳になっているはずで、つくづくよく一緒にここまで暮らして来たものだと思う。

明日は受診。脚を治してやらなければ。
赤いゴムくつ下無しで歩けるように。

内なる世界

現実を生きながら、人は内なる世界を創りあげて行くように思う。

この内なる世界は、様々な経験から拡がり、読書をしたり、映画や芝居を観たり、そのようなことの積み重ねで色付けされて行くのではあるまいか。
一枚の絵画の中の青に魅せられたり、旅先の小さな港の独特な匂いに刺激を受けたりしながら、生きている限り彩飾し続けられ、未完で終わる。

子供の頃に、課題図書を読み、感想文を提出させられた。
記憶に残る書籍は一冊も無いのである。
読むことも作文も嫌いではなかったが、そこには、選ぶ課程が欠落していた。

何日から何日間、何処其処へ、このようなルートで修学旅行に行きますと言われても、乗り気がしなかった。

与えられるべきものは最低限が良いと思う。

何を読むかの前に、本屋さんに行く事や、本を選ぶ事、行き先を決めたり変更する事、旅先で何を見るかも、自由が好ましい。

与えられた課題をこなす事に、馴染めなかった。それが、学校嫌いになった理由だと思う。

自分自身の内なる世界は、むしろ大人になり、更には歳を重ねてからの方が豊かになったと感じている。

1日30分の散歩でも、細切れにしか取れない読書の時間でも、与えられた課題をこなすよりずっと楽しめる。

同じように、例えそれが無意識であったとしても、内なる世界を持っている人との会話は楽しい。

お金持ちかどうか、何の仕事をしているか、肩書きはあるか、結婚しているか、そういった事は全く関係が無い。

むしろ、それらが無くなった時に、内なる世界は消えないことを実感出来ると考えている。

それに気付いた人は、多くを求めず、追い立てられるような忙しさからも解き放たれて、静かな眼で辺りを見回しながら、自分の歩調で進んで行けるに違いない。

どん底に居る時に、人が唯一望むのは、誰かと話をする事だ。

それは、自分の内なる世界を確認する為に、必要不可欠な作業なのである。

2018年3月1日木曜日

記憶の中の切り干し大根

今夜も二品と一汁、沢庵。

鶏もも肉は、乱切りのきゅうり、松の実と一緒に七味でピリ辛炒めに。
火を通したきゅうりも美味しい。

副菜は切り干し大根の煮物。

切り干し大根やひじきの煮物は、子供の頃は残念メニューだった。
スパゲティーやハンバーグの中には夢があって、切り干し大根は現実だったからだ。

給食にも米飯はなくて、パサパサの食パンかコッペパンだったし、彩りの良い食卓は少なかったのである。

記憶の中の切り干し大根は、いつも煮汁に浸っていて、それが母のつくり方だった。

煮汁をポタリと垂らせば怒られるから、お膳に屈むように食べると、また姿勢が悪いと言われてしまう。

6年生になった頃は、時間があるかぎり、炊事を任されていた。
苦痛に感じた事は無くて、旧い3分クッキングの本をめくっていた。

そうしてある日、今夜のように、煮汁を煮飛ばしてしまう切り干し大根を作った。
これをひと口食べた母が、「誰に教わったの?」と訊いてきた。

ちょうどその頃、テレビドラマで割烹が舞台になっていた。板前役の俳優が、次々と料理をこしらえる手元が映されて、あらすじはちっとも興味が無かったのだが、その料理場面に釘付けになっていたのである。

本などを見ても、計量スプーンすら使わないズボラさはその頃からで、手順や盛り付けが解るドラマの方が余程興味を惹かれた。

「テレビみた」と答えた。 何となくドラマとは言わない方が良いような気がしたからだ。
ドラマの中で、男前の俳優と綺麗な女優さんが抱擁しているシーンもあったし、たまたま家族で何かの映画を観ても、ラブシーンが始まると、皆が押し黙り、兄は部屋に引っ込んでしまい、妹のタコヤキは、怪訝そうにしていた。
つまり、ビミョーな空気が流れてしまうわけだった。
だから、ドラマとは言わなかったのである。

その日から、炊事が学校よりも比重が高くなって、毎日下校した後にスーパーに走るようになった。
母の友人が訪ねてくれば、直ぐにお茶を入れて運び、茶菓子が見当たらなければ、果物を剥いて出したりもした。
今日は林檎だから、ガラスの器にしようとか、デザートフォークはシンプルに限ると思ったりしながら、まるでお手伝いさんのように立ち働いたのである。

だから、母の帰宅が遅くても、両親がフルムーン旅行に出掛けても、全く困る事は無かったのである。
年末年始の九州旅行の時には、お節弁当を詰めて持たせてやった。
食材費さえあれば、親など居ない方が気楽だったし、3兄妹は心底寛げると喜んでいたのである。

いまだに、ブログを読みながら、幼馴染みのJちゃんは涎をたらしながら昔の食卓を懐かしんでくれていて、ごくたまーに兄からメールが来れば、あのおいなりさんが食べたいと書かれていて、バンクーバーのタコヤキやモニモニも同じかもしれない。

ハウスキーパー半生記が書けてしまいそうだ。

あ~、美味しかった。

22℃

暑い。 道行く人も上着を脱いでシャツ1枚姿になった。

一気に22℃だ。

椿や梅が、申し訳無さそうに咲いている。

パズーも裸だが、脚の調子が悪く、またゴムくつ下を履かせた。
履かせていれば大丈夫なのだが、履かせずに歩かせるとびっこをひく。

土曜日に診察の予約を入れた。
指の間かもしれないし、他の病気かもしれないし、億劫でも診てもらうのが一番良い。

雛祭りが誕生日の桜好きの方に自作のカードを投函してきた。
忘れるとヘソを曲げてしまう方なので、毎年気を付けているのである。

忘れてもヘソを曲げない皆さん、お許しを。
ふと思い出してはいるのだが、かなりの人数で失礼しているというわけ。

過ごしやすさは18℃位だから、流石に20℃を超えるとコートは要らない。
それなのに、ダウンを着て出てしまったものだから、日陰を選んで歩いてきた。

いよいよ冬はサヨナラか。
今日から弥生である。

朝から雨模様

現在25度で、朝から雨模様の道玄坂です。 今年の夏、ちょっと変な感じ。