2018年3月20日火曜日

器の大きさ

今夜は赤身の牛肉とセロリの炒めもの。
サラダはジャガイモと人参に玉ねぎ、きゅうり。
お味噌汁は長ネギとお豆腐にした。

毎回同じ器で芸がないと思う。
特に、たっぷり作ったサラダに、この小鉢はいただけない。

器の大きさにはゆとりがあった方が断然美味しそうに見えるのである。

今は、各々が食器を洗う事に決めているから、欠けてもよいような器を使っている。

良い器は棚の奥にし舞い込んだままで、お気に入りの硝子器にヒビが入ってしまってから、出さなくなってしまった。

仕舞いこんである器の数々は、繊細で薄い焼き物が多く、勿体ないからだ。
食器の類いは、これから新に買い足す機会は少ないと思う。

Tが独立したら、総点検をして、必要な物を数種類、吟味して買い求めるつもりでいる。

今夜も美味しくいただきました。ご馳走さま。

足が四本

雨になった。
児童公園の一本桜を見たら、三分咲きのまま項垂れていた。

花冷えである。

パズーの足は四本だから、どれも濡れると炎症がぶり返してしまうので、赤いゴムくつ下も四足履かせて出掛けた。

ベタンベタンと歩いていると、道行く人々が笑う。

お洒落用ではなくて保護用なのだけれど、人の目にはお洒落用に映るらしい。

これを履かせていても、ごつごつとしたアスファルトの所に来ると痛そうに歩くものだから、なるべく平らなで綺麗な道を歩くようにしているのである。

今日は卒業式が多かったのか、学生服の胸元に花をつけた学生さんがたくさん歩いていた。

春休みは短いから、すぐに入学式になるのであろう。
卒業と入学では、どちらも桜が咲いているように記憶しているのだが、入学式の桜の方が明るく感じる。

幾度も経験してきたが、すっかり節目の式典は無くなってしまった。
毎回着物で出席してきたが、一度だけ洋服にした事がある。

大小どちらかの姉さんの入園式の日だった。

その年の4月の式の日は、大雪だったからなのである。

4月に雪が降る事もあるのだから、春たけなわとなるのは、若葉の五月に違いない。

まだまだ寒さが残っている。

シール式切手


大きい姉さんに、切手を買ってきてくれるように頼んだら、こんなに綺麗な花の切手を買ってきた。

おもてなしの花シリーズ第9集なのだそうで、これが水を付けなくても良いシール式になって居る。

調べてみたら、四季折々のバージョンがあり、花だけではなくて、同じ82円の切手にもものすごく種類がある事を知った。

これは、レンギョウ、シクラメン、ビオラ、ツバキ、ウメだから、晩冬から初春の花になっている。

実はまだ切手はあって、しかし、小さい姉さんが結婚の招待状に使ったあまりの80円切手なのである、わざわざ2円切手を買うのが面倒だから、2枚づつ貼っているという訳だ。

そういえば昔、兄が切手収集をしていた。
専門のお店があって、見返り美人だとか、値が張る切手もあるらしく、一枚づつビニールに入れて、専用の切手ブックに入れていたと思う。

今も切手収集をしている人がきっと居るはずで、より取りみどりで楽しいだろうと思う。

何かを集めて眺めるのは男性に多い趣味なのである。

アタシもハンカチを集めていた時代があったのだか、結局どんどん使ってしまって、収集にはならなかった。

何かをコレクションするのは、それが値の張らない物だったら面白いかもしれない。

バナナのラベル集めも飽きてしまったし、向いていないかもしれないけれど、何かをコレクションしてみたいような気持はある。

今は全く思い浮かばないけどね。
この時点でだめかもしれない。

文通は、事務局あてに投函する封筒だけに切手を貼って、中に入れた手紙には貼らなくて良い。
事務局からまとめて発送してくれるからだ。

何か集めてみると言ってもな・・・と、雨空を見上げている。

2018年3月19日月曜日

コロッケ2種

今夜はコロッケを揚げた。
男爵とチーズの2種。
揚げ始めてしまえばなんという事もないが、揚げ物をすると決めるまでに時間がかかる。

取り寄せている冷凍だから、別に衣をつけたりする手間はないのに億劫に感じるのだ。

揚げ物をすると疲れるのはなぜだろうか。

父は大の天婦羅好きで、天婦羅が食べたいと言えば揚げるしかないわけだが、ハッキリとは言わない人だった。
遠回しに天婦羅がゴールになるような話をして、じゃあ天婦羅を揚げようかと言わざるをえない状況に追い詰める。

決めた時点で既に疲れてしまうのであった。

家族五人分の天婦羅は、他には何も作らずに天婦羅だけだったから、相当の分量だった。
それも、野菜だけの精進揚げと決まっていたから、野菜を切るところからして大変だったのである。

思い出したくないからこの話はやめにしよう。

大きい姉さんに聞いたのだが、揚げたてをサッと冷水に潜らせてから出す店があるらしい。

揚げた天婦羅を水に!
きっと美味しいに違いない。

コロッケはいつもの味でした。

薄曇り下り坂

そこかしこで春の息吹を感じるが、今日は薄曇り下り坂。
これから雨の予報が出ていて、今の気温は高めなのだが、今週は10度を下回る日があるらしい。

今さら冬のコートを着るのも重く感じて、スプリングコートが必要かと数日考えていた。

一昨年、気に入っていたスプリングコートを洗濯機に放りこんで洗ったら、撥水加工が取れて駄目にしてしまったからだ。

買うかなと、廊下に置いてある散歩用品を入れてあるベンチチェアーの蓋を開けて探ってみたら、そのスプリングコートが捨てずに保管されていた。

迷った記憶があるが、捨てたとばかり思っていたのである。

品質表示を確かめてから、洗濯機のドライコースで洗ってみたら、なんと甦った。

散歩に着るだけだから、まだ十分に着られる。

服を新調する場合の目安は、汚れ具合だけでは無くて、生地の弱り具合を見るようにしている。

節約は素晴らしいことであるけれど、端から見て貧乏くさいのはいけない。
たまに、クリーニングなどで手入れはしていても、いかにもヨレヨレと生地に力が無くなった物を着ている人を見掛ける。

歳を重ねたら、それは尚更哀しく映るものだ。

特に目立つのが、コート、セーター、靴なのである。

こざっぱりしていた方が、少しは幸せそうに見えるもので、多分、自分も気持ちが良いはずだ。

先日、お見舞いに出掛けた帰り道で、随分と素敵な老婦人とすれ違った。

柔らかい色目のベージュのスプリングコートは、細番手のコットン素材で、オフホワイトの綿ニットとパンツを合わせていた。ふと足元を見たら、ヌバック素材の春夏ショートブーツもベージュで、良い帽子を被っていた。
なんとも上品でお洒落だったのである。

広尾にお住まいなのであろうと想った。

街に似合った人というのが居るものだ。

こっちは渋谷だから、何を着ていても良さそうな街ではあるが、なるべくならば、お洒落に見えるにこした事はないと思っている。

2018年3月18日日曜日

炒る

彩り良く、赤玉ねぎの辛味が効いたサラダを作った。
もう一品は炒り豆腐。
むね肉のミンチに、卵とお豆腐を一緒に。

炒るという事は、炒めるよりも気長な感じがして日本らしい調理法だと思う。

豆でも胡麻でも、弱火でゆっくり炒る。
想っただけでも、頭の中に香ばしさが漂って来るのである。

実際に、炒める料理は手早くさっさと仕上げる場合で、炒る時には心にも時間にも余裕があるものだ。
そうして、手早く作った物は、熱いうちにさっさと食べた方が美味しいのは言わずもがなであるが、炒った物は、大抵冷めても美味しく、また保存が利く。

桜が二分ほど色を見せ始めた。
周囲の木々はまだ若葉を堪えて、桜が引き立つように静かにしているように見える。

満開になったら、暫くは大人しい色味の服装が粋で、花に負けじと春色満載は野暮である。

その為に、グレイという色があるのではないかと思っている。

今日も無事に暮れました。

皆な何処へ

少しだけ桜が開花し始めた。
肌寒く感じる中を、Bunkamura通りまで長目の散歩に出たが、人っこ一人居ない。

ガレットのお店に行列が出来ている以外には、殆ど車も走っていないのである。

皆な何処へ行ったのか、或いは家にこもっているのか。

渋谷で混んでいるのは、ヒカリエ辺りと109の周りだけで、坂を上ってしまうとひと気が少ない。
普段混んでいるのは、働きに来ている人々で、土日は空いているのである。

通勤して来る人々が、一番沢山住んでいるのが志木市だと聞いた事がある。
都心の家賃は高いし、分譲住宅も決して安くは無いから、特にファミリー世帯は郊外に住んでいる。
都心住まいは、単身か高齢の夫婦が多くなっていて、実際に子供を見掛ける事も少ないのである。

3月に入ってから、引っ越しを見掛ける事が増えたが、殆どが単身者で、賃貸は空き部屋がかなりの数になっている。
だから、大家さんは、挙って民泊を始めている訳だ。
旅行客に貸した方が手っ取り早く儲かるらしい。

マリカーも盛況で、エンジン音だけが響き渡っている。

静かな方が休日らしくて良い。
パズーも安心して散歩が出来る。

今日はまたTは出張で居ない。行き先も言わないから、何処へ行ったのか判らないのである。

ある男の物語り 傾げた首が戻らない

それにしてもである。

自己愛性パーソナリティー障害が強く疑われるTであるが、本当にどう対応したものか…。

病であると判って、30年以上に渡って疑問に思っていた様々に合点がいったが、だからと言って、やはり言動の違和感は解消されないのである。

今夜はカレーだった。Tは大盛りを平らげた。
しばらくしたら、ガサゴソ音がして、続いてカリポリと聞こえてきたのは、お煎餅を食べる音だった。
大袋を抱えて食べている。
パズーが凝視していて、大きい姉さんの耳もダンボだ。
暫く様子を見ていたが、言わないのである。
「食べる?」この一言が出ない。

戴いた物は、いつも分け合って食べているのだが、Tの場合は、それが出来ない。
皆で食べようという気遣い、発想が無い。
カリポリ聞こえてくれば、誰だって食べたくなるし、共に暮らしていれば、「皆で食べようよ」と言うのが自然であり当たり前だ。

貰える物は貰って食べるが、自分が貰ってきた物は分けないのである。

だから、何かを分ければ「ありがとう」と喜んで居るのだが、こちらは分けてはもらえない訳だから、黙っているしかない。
貰ってもいないのに、ありがとうとは言えないからだ。

30キロのお米が届いたのだが、重くて運べないから、玄関に置いてある。
通常は運ぶのではないかと思うし、運んでくれればもちろんありがとうと言う。
しかし運ぶ様子は無いのである。
空き箱を捨てる決まりは守るが、お米が入った箱は空き箱ではない。
したがって、中身を出すまで空き箱にはならない。
つまり、Tにとっては、無関係の箱なのだ。

人の気持ちを慮る事が出来ず、相手の気持ちになって考える事が出来ず、共感も出来ない。
お煎餅を分けたら、皆も喜ぶだろうとは思いもしないのだと思う。

今はそれでも構わないが、大小姉さんが小さかった頃は大変だった。

新車を買うと、心は全て新車に集中するから、幼い二人が触る、ドアの閉め方が悪いと怒る。
4~5歳の子供には、静かにドアを閉めることなど無理である。
その事が判らない。
自分の愛車を乱暴に扱う敵という事になってしまう。

自分をほめてくれる人が好きなのも特徴的なのだが、一番多いのが声だ。
カラオケで歌を褒められると、歌手になりたいと思えてしまうし、褒めてくれた人が女性だったら、そのまま恋愛関係になれてしまうのである。

既婚者であるのに、誰にでも結婚を申し込んでしまう。
そうは簡単に行かない訳だから、大抵は別れることになる。
そうすると、相手の女性はひどく傷つくわけだが、別れた後は恋人では無いから、相手に与えてしまったダメージに対して悔いる事は無いのである。

自分の誕生日は覚えていて、誰かが何かを言ったりプレゼントをしてくれると感謝する。
通常は、その相手にお返しをするものだが、関心が無いから覚えていない。

この障害に向き合うのは骨が折れる。
日々の暮らしの中で、傾げた首が戻らない事が多々あるのである。
大きい姉さんと、どんまいどんまいと励ましあっている。

来月になると、債務の返済は20回目になる。
ただの一度も、無事に返済できているかを訊かれたことが無い。
債務整理をした時点で、この債務には関心が持てないに違いないのである。





2018年3月17日土曜日

風のように

今日は空気が冷たい。Pのセーターを着たパズーは風のように歩いている。
6時を過ぎると陽が落ちるようになった。

そして明日はまた気温が弛むらしい。

まるい公園で散歩友達に会った。
皆なが気温を気にしていて、皆が花粉に悩んでいる。

昔、とうとう花粉症になったかと思った年があった。くしゃみと鼻水が止まらなかったからだ。けれど翌年は大丈夫で、未だに花粉症にはならずに居るのである。

鈍感なのか?とも思うけれど、意外に強い体質かもしれない。

それにしても、3月くらい安定しない月は無いのである。

3月に生まれたから、浮き沈みの激しい人生になったのではないかと思ってしまうくらいに。

今日は海苔巻きを買って来たので、これからいただきます。

広尾へ

友人のお見舞いに行ってきた。と言っても、ICUに居て意識は無い。

広尾は静かな街で、帰りに病院を振り返って見たら、桜に囲まれていた。

屋上にヘリポートがある大きな都立病院なのだが、老朽化が進んでいる。 病院の改築は大変なのである。

延命と治療の境界が判らなくなってしまった。
苦しそうで見ていられない。

外の風は冷たくても、桜の蕾は膨らんで、うっすらと花弁の色が見えていた。

一般病棟からなら眺める事が出来るが、ICUからは見えないのである。

広尾を歩いてみる気にもなれずに、バスで引き返して来た。

季節の移ろいを感じられ、そろそろ開花するかと桜を待てるだけでも、生きているという事なのだと思った。

健康で、自分の足で歩けて、ものが食べられる。それだけで有り難い事なのである。

2018年3月16日金曜日

むね肉でサッパリ親子丼

今夜はTが帰って来るが、大きい姉さんは送別会で居ない。

さてどうしようかと考えて、親子丼にした。

蒸したむね肉を割いて使ったので、サッパリしている。

お味噌汁と、味良く漬かった糠漬けがあれば充分なのである。

先にご飯を平らげてしまったパズーが、台所の足下でうつらうつらとしている。
食べると眠くなるのは犬も同じかもしれないが、若い頃は、食後も走り回っていた。
歳相応にゆっくり老化が進んでいるのだが、毛艶は良くて、柔らかく光っている。

そういえば、パズーの父親の毛色はブラックなのである。母親は煉瓦のようなレッドだ。
パズーはクリームという色で、真っ白のトイプードルより少し濃い。
老化で、毛の色が変わるそうだが、今のところ、シミが増えた程度で済んでいる。

生まれてすぐに、親子が離ればなれにさせられて、可哀想にと思うのである。

ピーマンは切らない

ピーマンは切らない方が美味しいと聞いたので、丸ごと焼いてみました。確かに味が濃く感じるし、ボリュームあるね。 ただし、一回でひと袋食べちゃうので、ちょっと考えてしまいます。 今日は30度で、酷暑が当たり前になっているせいか過ごしやすく感じました。 変なのは、空が高く...